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母の命日に館山市を訪れた週末。

いつものように、墓参りを終えた後に漁港で撮り歩いていた。

 

漁港のそばに、お世辞にも綺麗とは言えない小さな川があった。

コンクリートで囲われた、用水路のような小川だ。

その川べりで、三脚を立てて望遠レンズを覗く男性の姿があった。

実は、前に漁港を訪れた際にも、同じ場所でカメラを構える男性を目にしていた。

同じ方だろうか。

車で横を通り過ぎつつ、お目当てが何かを探ってみたがよくわからない。

 

私は50メートルほど過ぎたところで車を停めた。

気になる…。

カメラを片手に男性に歩み寄った。

 

男性は歳の頃60代。

スリムで姿勢が良く、目立たない色の防寒着を纏っていた。

「何を撮ってらっしゃるんですか?」

思い切って尋ねた。

 

男性は怪訝な表情一つせず、穏やかに答えた。

カワセミですよ」

 

「え?」

私は耳を疑った。

「こんなところにカワセミがいるんですか!?」

 

「餌さえあればどこにでもいるんです、カワセミは」

男性はそう答えた。

これからちょうど潮が満ちて小魚が遡上してくること、それを狙ってカワセミが出現しやすいこと、4年前からこの季節になるとほとんど毎日ここに来てカワセミを撮り続けていることなどを教えてくれた。

 

カワセミをご覧になったことはありますか?」

男性の質問に「いいえ」と返答したら、近くに停めてあった原付の座面を開けて、「もしよろしければ見てください」とこれまでに撮り貯めたカワセミのアルバムを見せてくれた。

 

一枚目から度肝を抜かれた。

カワセミが小魚をクチバシに挟んで水面から飛び立ち、水飛沫の一つ一つが宙に舞った瞬間を捉えた美しいショットだった。

 

かつては風景写真を撮っていたという地元の男性は、カワセミの目撃情報を近所の住民から聞き及び、この川を訪れた。

その際、ちょうど川を覗いたそのときに、翡翠色の背をしたカワセミに出会い、その虜になった。

それ以来、定年退職して余裕ができた時間をカワセミに捧げるようになったのだった。

 

最初のうちはカワセミをフレームに収めることすら叶わなかった。

ファインダーを覗いていては、魚を捕捉する俊敏な動きを追尾できないのだ。

SNSYouTubeで情報を集めて、照準器を付けた。

シャッタースピードは4000分の1秒。

レンズの焦点距離APS-Cのカメラに500mmの超望遠だ。

 

しだいに、カワセミの雌雄の区別から行動パターンや生態まで熟知するようになった。

餌となる小魚が遡上する満潮に合わせて、カワセミはやってくる。

川べりの小枝にひとまず止まり、水中の小魚を物色する。

カワセミにレンズを向けていてはダメだ。

クチバシが指し示す、その先の水面にスタンバイしておく。

着水する直前からシャッターを切り、1秒間に10コマで撮り続ける。

 

魚を逃したときに、空中で静止することもある。

ホバリングというらしい。

魚を捉える瞬間よりも貴重と言えるホバリングの姿も、見事にアルバムに収められていた。

 

「もうそろそろ来ると思いますよ。よろしければ見てってください」

男性がカワセミの来訪を予知した。

それから10分か15分ほどしか経っていなかったのではなかろうか。

「来ました!静かに近づけば大丈夫ですよ」

男性は立ち話をしていた場所から数メートル動いたポイントに私を導き、川べりの茂みを指差した。

すぐに視認できずキョロキョロしていた私に近づいて、男性は丁寧に居場所を教えてくれた。

 

「お持ちのレンズは何mmですか?」

「85mmです」

「85mmでもクロップ機能があれば撮れると思いますよ」

 

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未だかつて使用したことのないクロップ機能まで教わり、撮った写真がこれだ。

男性が見せてくれた美しい写真との差。

4年の歳月と失敗の積み重ねがどれほどのものかを実感した。

 

現在、この川べりにカワセミを撮りに来る方は4人。

この日は男性の他に、もう一人の男性が来ていた。

数十メートル離れた位置でカワセミを探していたのだ。

「一人だと効率が悪いから何人かいるといいんですよ。発見したら呼び合って。前に出て撮らせてねと言っても、誰も怒りませんからね」

実際に、男性はカワセミを発見するとすぐに手招きして呼び寄せていた。

カワセミの狩りに合わせて仲良く三脚を移動させながら、延々と撮る2人を微笑ましく眺めながら、私はその場を後にした。

 

この日、何よりも素晴らしかったのは男性の人柄だ。

見ず知らずの他人に対して、嫌味や押しつけがましさを微塵も感じさせない紳士的な応対。

そして、苦労に苦労を重ねて得たであろう貴重な情報やテクニックを、何の惜しげもなく教えてくれるその気前の良さ。

 

嗚呼、ステキだったなぁ。

帰りの車中で男性の虜になりつつ、望遠レンズの購入を思案する自分がいた。