一番左と左から3つ目の柱には、太さに応じて規則的に蔓が巻き付いている。
それなのに、右から3つ目の柱の蔓よ。
なぜそこで隣に乗り移ったんだ?
この素朴な疑問あるいは違和感を瞬間的に感じて、カメラに収めたのだろう。
右の蔓も一定の間隔で巻き付いていたら目に留まらなかったかもしれない。
感覚的に撮ったものをLightroomで現像しながら眺めることで、初めて「なぜ撮る気になったか」を納得する時がある。
閑話休題。
脳には、生命を存続させるため、自動的に異常を検知するシステムが備わっている。
自分から意識して注意を払わなくても、勝手に注意が払われる時がそうだ。
例えば、車のクラクションの音を鳴らされると、勝手に振り向いてしまうように。
これをサリエンシーネットワークと呼ぶ。
サリエンシー (saliency) は直訳すると「顕著性」だ。
つまり、「明らかに異質の刺激」が脳に入力されると発動するシステム。
※興味がある方は下記リンクをご参照ください。
pooneilの脳科学論文コメント: 脳科学辞典「サリエンシー」の項目書いた
写真を撮るという行為において考えると、夜空の満月、夕焼け空と真っ赤な太陽、イルミネーション、虹などがそうだ。
どれも思わず注意を惹きつけられるほどの顕著性がある。
フォトジェニックともいえる。
それだけに多くの人の撮影対象になりすぎて食傷気味になったり、あざとさが出すぎたりもするだろう。
対して、アップした写真のように、道行く人の大半は見過ごすであろうもの。
でもなんか引っかかる。
そういうものもある。
顕著性と対比させて表現するなら、微妙性、サトルティー (subtlety) と言えよう。
これが、hibi-maeさんのおっしゃる「あ、なんかいい」の正体だろうか。
問題は、そういった微妙性を上手に撮れるかどうかだ。